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【さいごのことば】 最後の言葉  [英]the last words [仏]le dernier mots

(ア) 物語中盤の山場、死期を悟ったマリが、ペリーヌに残した言葉。画面を見守るあなたは、ペリーヌと共に涙を流さざるを得ないでしょう。そして、物語後半への期待がいやがおうにも高まります。ペリーヌはこの先ひとりでどうなってしまうのでしょう?頑固なおじいさまはペリーヌを受け入れてくれるのでしょうか?

マリの話を要約すると次の4点。
 1.おかあさんはまもなく神に召されます。
 2.おじいさまは息子の結婚のことでおかあさんを憎んでいます。
 3.人に愛されるには、まず・・・自分が人を愛さなくては・・・
 4.幸せになりますよ、ペリーヌ・・・
普通、「最後の言葉」というと物語のテーマを表す 3.をさします。ペリーヌは母の教えをまもって、運命を切り開いていくのです。

(原) 原作ではアニメのようにはっきりとは言ってくれません。とぎれとぎれにもっと切迫した感じです。しかし、マリの言葉は確かに娘に伝わりました。後に工員の子供の葬儀に出るようにビルフランを説得するオーレリィ(ペリーヌ)の口から同じ言葉が発せられるからです。

パリからマロクールに向かうペリーヌにとっては 4.の予言こそが心の支えになったようです。

【さらえぼ】 サラエヴォ  [波斯]Sarajevo

(ア,原) ボスニアの中心都市(当時ボスニアは独立国ではないので首都ではありません)。フランス公館があります。エドモンはこの町で写真興行を行ったようです。
 サラエヴォを地図で見ると、ビルフランが”エドモンは妻子と別れてフランスに向かったはず”と思い込んだのも無理がないと思えてきます。絶望的なほどに内陸!どちらに進むにしても急峻な山ばかり!どうしてエドモンはサラエヴォにいたのでしょう?!アテネからならほぼ同じ距離のベオグラードのほうが全然ひらけているのに。
(2010.10.17)

【さんちーむ】 サンチーム  [仏]centime

(ア,原) 「いちばん安いものを!」をモットーとするペリーヌの友。フランスの貨幣単位。フランの1/100。つまり「さんちー」はセンチメートルの「せんち」と同じ。じゃ、「む」って何よ?
(2002.9.21)

【さんどりえ】 サンドリエ  [仏]Cendrielle?

(ア) パリの医者。かつて侯爵夫人(カロリーヌ)を看たことがあるようです。貧民でも相手にすると言う意味では立派な医者。しかし、ペリーヌにとってはいささか立派過ぎました。なけなしの蓄えも馬車を売ったお金も、サンドリエ先生の診察によって砂地にまいた水のようにみるみる無くなっていくのです。パリカールが予定の1/3以下でしか売れなかったと知ったマリは、無理をしてでもマロクールに発とうとしました。が、とうとう力尽きて神に召されてしまいます、ペリーヌに”最後の言葉”を残して。

(原) 作者の医者を見る目には厳しいものがあります。”40フランとか100フランとか払って医者に来て貰う人々は、貧乏人に対する診察がたちどころにすむことを、一向に知るまい。医者の診察は1分もかからなかった”とはマリの初診の様子。薬の処方を(それも高い)ころころ変えたり、結局さじを投げたりして、医者としての技量は結構あやしかったのかも知れませんね。  

【さん・ぴぽわ】 サン・ピポワ  [仏]Saint-Pipoy

(ア) マロクールの近くの村。ビルフランの新工場があります。サン・ピポワ工場はビルフランが視力を失ってから建設されました。新型蒸気機関ロコモービルがイギリスから導入されています。ビルフランがオーレリィ(ペリーヌ)という少女に興味を引かれ始めるのは、このロコモービル設置のための臨時の通訳としてペリーヌが抜擢されたためなのです。後に”オーレリィが孫娘なのではないか”と考え始めたビルフランは、ロコモービルをしみじみと見上げて”運命のようなものを感じる”と言っています。
 ビルフランは通常、午前中にマロクール工場にて執務を終えて、午後からはサン・ピポワなどの周辺工場の巡視に回っていました。その巡視にはテオドールを伴うのが常でしたが、ペリーヌを秘書としてからは御者さえ伴わずに彼女の操る馬車で出かけるようになりました。のほほんとしたテオドールも相当危機感を感じていたようです。

(原) ピキニ駅から歩いてきたペリーヌが最初に通ったのが赤瓦の村サン・ピポワ。サン・ピポワからマロクールへは、柳の並木道が曲がりくねって続いています。ここでペリーヌは親戚の所から重い荷物(じゃがいも)を持って戻る途中のロザリーと出会います。

サン・ピポワ工場ではマロクール工場と同様に製糸と織物をおこなう一方で、それ以外に綱やひもを製造しています。

【しあわせのなみだ】 幸せの涙  [英]tears of happiness [仏]larmes de bonheur

(ア) それまでの物語を全て見たものにだけ許されるカタルシス。ペリーヌと共にアルプスを越え、母の言葉を涙で刻み、死ぬのならばと森の中に入り、ロバに舐められ、リサイクル活動をし、名を偽って働き、葦を編みすかんぽのスープを作り、通訳をし、目の前でを罵倒され、ストーカーに突き倒され、飼い犬を猟銃で撃たれ、電燈を点けたり消したりし、盲目の老人を読んでやり、父の葬儀に2度参列し、気落ちした祖父を寝ずの看病をし、むさい下宿に偉い人を案内し、「ルクリおばさん」と言ってからでないとその資格が得られません。

(原) 他のことと同様、アニメと原作とでは幸せの涙が流れた時期が違います。アニメでは初雪の降った日なので11月末頃、原作ではマロクールについてから1年と1ヶ月とあるので9月末頃でしょう。その日はちょうどビルフランの誕生日で、すでに公園として開放されていた邸の庭で従業員と共に祝おうとペリーヌたちが企画していたその日に”知らせ”が届いたのでした。

【じしょ】 辞書  [英]dictionary [仏]dictionnaire

(ア,原) ベンデットさんの英仏辞書。インドからの手紙を見せるようにオーレリィ(ペリーヌ)に迫っていたテオドールが、やはり同じ目的でやって来たタルエルと鉢合わせしてきまりが悪くなったので借りて行きました。タルエルが「読めない辞書をねぇ?」と言っているように、ミエミエの口実。ペリーヌはフランス語の言い回しの為に辞書を利用していたので、テオドールがどさくさに辞書を持っていっても翻訳作業を続けられたのでした。

その後、テオドールはちゃんと返してくれたのでしょうか?

【しだ】 羊歯  [英]fern [仏]fougere

(ア,原) オーレリィ(ペリーヌ)が住むことにした小島狩猟小屋の寝床(?)に敷き詰めてあった枯れ草。原作ではロザリーが宿を案内するときに「もちろん寝床は新しい羊歯です」と自慢しています。当時は寝床にシダを敷き詰める風習だったのでしょうか?ちらほら調べたもののよくわかりません。シダには殺菌作用があり、その繊維は細くきめ細かいようで、それだけ軽くて細かい、つまり空気を含んであたたかいということでしょうか??あまり関係ありませんが、縄文人が”ほくち”にしたという話を聞いたことがあります。
 なんでも古代ローマの人々はシダを魔法の草とみなして催淫薬、催眠薬としていたそうです。いや、ちょっとロザリーさん、そんなに自慢にされても...(何照れてるんですか?)
(2002.9.21)

【しちゅー】 シチュー  [英]stew [仏]ragout

(ア) ビルフラン・パンダボアヌ マロクール工場への就業の仲介を頼もうと訪ねてきたオーレリィ(ペリーヌ)にロザリーが御馳走してくれました。すこし仕事を手伝ってもらったとはいえ、初対面の名前も知らないような人に、食事をふるまい、仕事を仲介し、一夜の宿を貸し、下宿を斡旋してやるとは、ロザリーは本当に近年希にみる良い娘ですね 。近年と言ってもこれは100年以上昔の話ですが。

(原) ロザリーの祖母フランソワーズの下宿に入ることになったオーレリィ(ペリーヌ)に、ロザリーは自分のシチューを分け与えました。ジャガイモ入り。

【しっぷ】 湿布  [英]compress [仏]compresse

(ア) 捻挫したペリーヌの足を冷やすためにマリが作りました。ペリーヌ嬢曰く「ひゃっ、変な感じ!」
 小麦粉を水で溶いたものに酢酸を加え布に塗って作ります。この湿布のおかげで足の直りが良いと医者に誉められました。私は最初にこのエピソードを見たとき、思わずペリーヌのように”おかあさん、何でも知っているのね”と感心しました。

【じてんしゃのおとこ】 自転車の男  [英]bicycler [仏]homme qui est monte la bicyclette

(ア) レマン湖畔で前輪の大きな自転車(オーディナリー)を乗り回していたイギリス紳士。止まれなくなってしまい、ペリーヌたちの家馬車にぶつかってのびてしまいます。けがはたいしたことなく、写真機もマリが身を挺して守ったので無事でしたが、騒ぎを聞きつけてやってきた警察官に”許可がなければ路上での商売はいかん!”と母娘は追い払われてしまいます。ペリーヌたちはそれならばとフランスへの道を急ぐのでしたが....。
 前輪が大きいのは、ギヤの無い車輪でよりスピードを得ようとした結果。このタイプの自転車が登場したのは1870年のことで、アニメのようにブレーキがありません(笑)。ちなみに現在のような自転車(セーフティー型)が登場したのは1885年。しかし、自転車は、ある意味21世紀の乗り物になりそうですね。

【しま】 島  [英]island [仏]ile

(ア) マロクールの村はずれにあるの中の小島。島にはオーレリィ(ペリーヌ)が住むことになる狩猟小屋があります。島の大きさは小屋との比較から直径30mぐらい(超テキトー)?中心からずれたところに柳の木が生えており、木に寄りかかるように狩猟小屋が建っています。岸との距離は3,4m程で、ペリーヌは島側にある沈んだ小舟と岸との間にバロンの探し出した平板を渡し橋としました。

(原) ペリーヌは、島を”占領”し、洗礼を施して”自分の領地”としました。躊躇無く命名した名前は《喜望(グッドホープ)島》。ペリーヌは、喜望島の若い女王様となったのです。どうやらペリーヌは、インド時代に冒険小説に大いに親しんだようですね。女王様は安全のため、最初渡してあった丸太は取り外しました。

【しみーず】 シミーズ  [英]chemise [仏]chemisette多分、全然違う(泣)

s1(ア,原) 女性用の下着。靴問題を解決したオーレリィ(ペリーヌ)の次なる標的。なにしろ一張羅だったので優先順位が高かったようです。スペイン靴のときと同様、貧乏生活で培った繕い物技術が大いに発揮されたでしょうし、はさみがあればもっとうまくいったのに、とも思ったことでしょう。原作には”シュミーズは、紐付きの折り返しにしよう”とありますが、馬鹿な私にはよくわかりません。

 その後、眠夢さんのサイト【ペリーヌ物語の部屋】のペリーヌ掲示板にて、ばろんさんほしのんさんによって図解入りで考察されています。ペリーヌが構想を練っていたのはこういうものだったのですね。ばろんさんのシミーズ案は2002/ 1/11、ほしのんさんの案は2002/ 1/15です。
 新訳では”ひもをとおすかたち”とあります。筒形に肩紐がついたような感じ?ちなみにペリーヌがこうしようと思ったのは、”今の肌着に付いているひもが使えるから”なのですが、アニメでは袖付きのシミーズを着ていました。つまり原作とアニメでは、彼女の自作したシミーズの形が異なっている可能性があります。(んー、よく見ると袖ではなくてひらひらの肩飾りですかね)

 名劇ヒロインの条件(?)のひとつに《下着姿で走り回る》というものがあります(本当かよ?)。もちろん、我らのペリーヌも例外ではありません。ただ、ひとつ疑念があって、の畔には不審人物(例1:服を着たまま泳ぐ人 例2:もっぱら10歳以上年下の少女と遊ぶ青年 例3:仕事中に秘書の服をのぞきに来る技師)が近づくということを知りながら、シミーズ姿でうろうろするのは何故なのでしょう?すごーく納得できません。
 てゆーか、当時のシミーズについて考えてみると、前述の《下着姿で走り回る》ということについてはさほど問題ではなかったのかも知れません。例えば、アニメのペリーヌが生まれる半世紀ぐらい前の庶民の服装はスカートとシミーズとベストといったものでした。まあ、当時のシミーズ(ごわついた生地、すとーんとしたシルエット、長い裾などなど)に比べると、現在の女性の服装のほうがより”下着的”な場合もありますしね(下着から発展したものが多いのでこれは当然といえば当然か)。淑女タレと育てられたわけでもないペリーヌにしてみれば”何ヲヤ云ワンヤ”てなところでしょうか。

 シミーズの語源は”麻製のシャツ”で、かつてヨーロッパに侵入してきたゲルマンたちの着ていた身体にぴったりした服が起源だそうで、もともとは男女共用のものでした。17,8世紀には刺繍などで飾り立てられたシミーズが貴族たちの間でもてはやされ、この流れは現在のナイトドレスにつながるそうな。ちなみにフランス語では普通のシャツ(ワイシャツとか)の意味です。(で、いわゆるシミーズをフランス語で何というのかわからない!うがーっ!!)

「ふーむ、アクセス解析を見ると「シミーズ」を検索してココに来てる人が多いのですけど、今から40年程前までの日本の庶民感覚では夏の暑い時期は、男はパンツかステテコ一丁、女はシミーズ姿で過ごすのは割と普通のことだったのではないかという気がします。」
「つまり”シミーズ探して三千里”な人はその頃の郷愁に萌え渇いたおじさんであると?」
「なんだかなー....。ところで、おじさん。シミーズとスリップって違うこと、知ってました?」
「(誰がおじさんだよ)知りませんよ、そんなの。」
「シミーズは汗を吸うための肌着、スリップはその名の通りその上に着る衣装の滑りをよくするためのもの。で、キャミソールは...え?聞いてないって?!」

 と言ってる間にフランス語の辞書を買ったというFWDさんが教えて下さいました。
  chemise
  1.ワイシャツ、シャツ;(婦人、子供用の)肌着
  2.紙ばさみ、ファイル
  3.【機】被覆(保護層)
だそうです。「フランス語でもシミーズはシミーズ」ということですか。

 このところ日夜悩んでいるペリーヌのシミーズですが(他に悩みはないのかよ!)、丈は膝下からふくらはぎの下あたりぐらい(今どきはこの丈の下着は絶滅したっぽいですね。せいぜい長くて膝上ですね。普通(?)キャミソールみたいなので腰丈だし。スリップも腿ぐらいでしょ?)。古い時代では踝まであったそうですが、そこまでは長くないようです。袖はなし(これはこの時代的には新しいもののようです)。首まわりは深いU首というか角首(スクェア・ネック?)。胸から袖口にかけてひらひらの飾りがあるものとないものを持っていたようです。色は白すぎない程度の白(笑)。今あるもので似たようなものを探すとすると、夏のネグリジェなどのナイトウエア、またはサマードレスといったところですか。
(2003.9.6)

【しもん】 シモン  [仏]Simon

(ア) シモン爺さん。最初は公園で野宿でもしようと思っていたペリーヌで゛したが、パリは治安の悪い所だと聞かされ、マルセルのすすめで逗留したシモン荘の家主で、古物商もしくは廃品選別業(?)。同業のルクリとは旧知。子犬と赤ワインを愛する赤鼻のケチな爺さん。しかし、本人曰く「儂は確かに欲張りだか、心は冷たくない」「儂は誰にでも優しい」。しかし、私の見るところパリカールが大酒飲みだということを知ってからペリーヌたちを気に掛けるようになった気がします。古人曰く”類は友を呼ぶ”ということですか。名前からしてユダヤ人?マリの死後”お前さんが居たいと思う間、ずっと店賃は取らない”とペリーヌに言って店子一同を驚かせました。さらにペリーヌが去った後、一同に”一杯おごる”というので、ガストンは思わず奇蹟だと叫んでしまいました。

(原) 通称「塩(旧字)爺」さん(新訳では「塩から」)。本名は不明。最初行こうとしていた宿が治安の悪い所だと聞かされたペリーヌが”牛の胃袋”のすすめで逗留したギヨ園の家主。子犬は利殖目的で育てており、つまりブリーダー?片腕が不自由で、片腕に鉤をつけています。そうとうな酒好きでペリーヌと初めて会ったときも一杯すすめています。また、ごみのにおいも気にならず、というより、酒のにおいしかわからないそうです。
(2003.12.3)

    【しもんそう】 シモン荘

(ア) 家馬車は夜風が体に悪いから、とサンドリエ先生に勧められたペリーヌは部屋を借りることにました。埃だらけのボロ部屋で、がめついシモン爺さんが10サンチームまけてくれる程汚かったのです。見舞いにきたマルセルとふたりで一日掛かりで掃除してやっと人が住めるようになりました。

(原) ギヨ園。”ロビンソン・クルーソーが設計し、フライデーが建築した”ような素朴な作りの長屋と車輪のない貨車などが並んでいる広場。ペリーヌが借りた部屋は薄暗く、中にはゴミの山が出来ており、息もできないようなひどい臭いがしていました。どうやら長いことじいさんの”屑集積倉庫”として用いられていたようですね。ぼろぼろの家馬車がどんなにありがたいか、とペリーヌが思った程ひどい有様でした。ちなみに後にロザリーが紹介してくれた女工下宿より臭かったようです。掃除されたのも建てられて以来初めてではないかとあるほどですから。

【しゃがいも】 ジャガイモ  [英]potato [仏]pomme de terre

(ア,原) ペリーヌマロクールの入り口で出会った少女ロザリーは、ピキニから篭いっぱいのジャガイモ(原作では不明。でもまあ食材でしょう。ジャガイモじゃなければタマネギとかニンニクとかワインとか)を持って戻る途中でした。新訳の解説で訳者の二宮氏が述べられている『マロクール=フリクスクール説』に基づけば、マロクール・ピキニ間の距離は十数kmといったところですから、20kgぐらい?の荷物を運ぶのは勤労少女ロザリーにとっても大変だったかも。ちなみにジャガイモはピカルディ地方の特産品でもあります。

 ジャガイモは言わずと知れた南米原産の根菜で、トウモロコシとともに数々の文明を支えてきました。少なくとも5000年以上前から栽培されてきましたが、スペイン人によってヨーロッパに紹介された当時は他の作物同様に観賞用・薬用・王侯貴族用でした。荒地でも栽培できる優れた作物として本格的に作られるようになったのはそれから200年後の18世紀になってからのことで、普及は北ヨーロッパが早く、フランスは比較的遅かったようです。広く作られるようになったジャガイモは、貧しい農民や都市労働者を飢えから救うのに大いに役立ちました。またその淡泊な味はいろいろな料理に取り入れられて、人々の食卓を豊かにしました。特に北欧やドイツなどでは主食として欠かせないものになっているそうです。
(2003.10.19)

【しゃしょう】 車掌  [英]guard [仏]conducteur

(ア) 客室へは入れてはいけないバロンを駅員の目を盗んで窓からマルセルに渡してもらい、ひと安心のペリーヌ。しかし、汽車では車掌が検札に回ってきます。ペリーヌはバロンを座席の下に押し込んで何とかやり過ごしました。ペリーヌの足の間でもぞもぞするバロン先生が役得ですね。

【しゃしん】 写真  [英]photograph [仏]photographie

(ア,原) ペリーヌたちがパリまでの道中の糧としました。ただし、写真屋が店を構えているような大きな町では商売になりません。写真師(マリ)がシャッターを開いたら、十数えるまで動いてはなりませんし、もちろん、晴天の日中でなければだめ。もともとは父エドモンがインドでの商売上身につけた技術だったようです。
 ところでこの写真の代金は原作とアニメとでは大きく違います。原作では”わずか数スウ”とありますが、アニメではペリーヌが”上等の部屋代くらいするのよ”と言っていますから数フランといったところでしょうか。どうやら時代設定がアニメの方が若干古いのかもしれませんね(ちなみにアニメよりさらに20年ほど前の1850年頃の写真の値段は1枚50フランぐらい)。また、なんだかんだ言ってもアニメでは写真屋は結構繁盛していたのに対し、原作ではあまりお客がいなかったようです。当然道中の困難さも客数に反比例して増します。ペリーヌまで病に倒れたら物語が始まらなかったところですね(?)。

 写真の歴史を見てみると、ピンホールカメラのようなものは10世紀ごろからあったものの、画像をそのまま記録できるようになったのは19世紀になってからのことで、最初の撮影時間は何と8時間だったとか!その後感光材や光学系の改良が続き、1871年には乾板(板ガラスに感光剤を含んだゼラチンを塗布したもの。それまでのもの(湿板)に比べて保存が効き、感度も高い)が発明されました。マリさんの愛機はこれを使っているようですね。ただしシャッター機構もないような古いカメラです。ちなみに現在のようなフィルム状の感光材が登場したのは1888年のことで、その後もしばらくは乾板が主に使用されていたようです。ですから原作のカメラもたぶん乾板式のものでしょうね。
(2002.10.6)

【じゃっく】 ジャック  [仏]Jacques

(ア,原) マロクール工場の従業員。原作では単に名前が出てくるだけですが、アニメでは原料管理係として登場します。ただあまり業務に熱心ではないらしく、不良品が納入されていても気づいていなかったり、勝手に休憩したり。そして、それをビルフランに見つかって咎められたりしてました。
(2010.10.12)

【しゃもにー】 シャモニー  [仏]Chamonix

(ア) ロザリーの父セザールの経営する食堂。ファブリによるとマロクールでは数少ない清潔でまともなレストランのひとつ。女工の給料ではちょっと手の届かないお高い料理を出します。ファブリベンディットといったマロクール工場の社員が常連さん。オーレリィ(ペリーヌ)もビルフランの秘書となって以降、ここで食事を取るようになりました。牛乳の小売りもしてくれるようです(ペリーヌ限定かも)。ちなみに二階では密偵たちが鍋を囲んでいる、なんてことはありません。

 ほしのんさん執心のシャモニーの語源ですが、今のところ分かりません。でもフランス随一の山モンブランを望めるシャモニーは日本風に言えば、「富士見」って感じではないかと。つまり「富士見食堂」ね。おお、セザールのお店がぐっと庶民的に!ファブリさんも「こんな店」と言うわけだ?

 と言ってる間にフィリップ弁護士の血を受け継ぐほしのんさんがシャモニー(ChamonixMontBlanc)の語源を探り当てました。外国地名由来辞典(本保正紀 著 能登印刷出版部 1995)によれば、シャモニーは古名をシャムーニ(Chamouni)といい、これはラテン語のcampus(広場)とmunitus(防衛された)を合成して出来た地名なのだとか。つまり「防衛された広場」ですね。

【じゃんさんど】 ジャンサンド  [仏]Janssend

(ア) マルセルの父。エトワールサーカスの調教師。マルセルによれば学校教育については母親ほどうるさくないようです。関係ないですが私は子供の頃、ジャンサンドのように鞭で馬を操るサーカスを見たことがあります。

【じゃんぬ】 ジャンヌ  [仏]Jeanne

(ア,原) マロクール工場の女工でオヌーのもとで働くオーレリィ(ペリーヌ)やロザリーの同僚。最初、ペリーヌがあまりによく働くので感心しきりでした。ペリーヌのスペイン靴に最初に気付いたトロッコ押しの少女。高かったでしょ?ダンスにいいわね。何処で買ったの?ふたりは持ち場を離れて立ち話をしていたのでオヌーにどやされてしまいました。原作では例によって名前がありません。

【じゅーと】 ジュート  [英]jute [仏]jute

(原) ジョン・レノンの名曲でも義理の父でも、ましてやZZでもありません(わかったわかった)。ジュート(黄麻)は中国南部原産のシナノキ科の一年生の植物です。インド麻・カルカッタヘンプ・いちび・綱麻(つなそ)ともいわれます。1854年にイギリスがカルカッタに本格的工場を作ったのがジュート産業工業化のはじまりとされており、その関係で、スコットランドのダンディーがジュート産業の中心地として栄えたそうです(オーレリィ(ペリーヌ)が読まされた業界新聞の発行地でしょうか)。ジュートは丈夫で適度な吸湿性と伸びが少ないという特徴を持つ繊維で、麻袋やカーペット、導火線などに利用されています。エスパドリーユスペイン靴)も現在ではジュート製ですね。

 マロクール工場の主原料のひとつで、ビルフランはジュートによって財をなした、とも言われています。エドモンがインドに派遣された名目がジュートの買い付けだとしたら、ジュートなくしてペリーヌは誕生し得なかった、ということになりますね。
(2003.8.30)

【しゅりょうごや】 狩猟小屋  [英]hunting hut [仏]hutte de chasse

(ア) マロクールにやってきたオーレリィ(ペリーヌ)が住むことにした小屋。ビルフランの猟場のにある小島に建てられています。慣れない仕事に思いの外疲れたペリーヌは、散歩に出た池の畔で眠ってしまいました。翌朝、うつくしい景色の中をそぞろ歩いていた彼女は、この小屋を見つけいっぺんに気に入ってしまったのです。この小屋は名前の通り、ハンターが身を隠して水鳥を撃つための小屋で、晩秋から冬季までの猟期にはそのようにして使用され(もっぱらテオドール?)、それ以外の時期は無人となります。従って人目をはばかる密談には最適です。
 小屋は小島に生えた柳の木に添うように建っています。板壁は隙間だらけで、中には寝具代わり(?)のシダと腰掛け代わりの丸太があります。ペリーヌはビルフランの秘書となるまでの一ヶ月強の間に、創意と工夫でこの粗末な小屋を住み良いものに変えていったのでした。目が見えるようになったビルフランが、パリカールが牽き孫娘のペリーヌの御する馬車で最初に行きたがったのがここ。

(原) フランソワーズの女工宿のあまりの環境の悪さに辟易したペリーヌが選んだ住処。この小屋−狩猟小屋はピカルディ地方の言葉で”オーミュシュ(aumuches)”というのだそうです。息が詰まりそうな一夜が明けた朝の散歩中に見つけました。小屋は島に生えた3本の柳の木を骨組みにし、木の枝と葦で作られています。ペリーヌはアニメ同様この小屋に思い入れを込めて小屋に尽くしていたので、ディナーに招待したロザリーの口からもうすぐ狩猟が始まると聞かされたときには大変ショックを受けました。柱の柳の木のうちのひとつの枝の上にスグリが生えており、ペリーヌはこれを”うちの庭の果物”とロザリーにすすめています。
 新訳の挿し絵に見る小屋は、アニメより粗末なもので、これならロザリーが驚くのも無理ないです。
(2004.6.17)

【しょうじょのゆめ】 少女の夢  [英]Dream of girl [仏]Reve de fille

(ア) 『ペリーヌ物語』の挿入歌。甘く切ないようなメロディー。オーレリィ(ペリーヌ)がパリからマロクールへの苦しい旅をビルフランに語るシーンや、母マリの言葉通りビルフランがマリをひどく憎んでおり孫である自分のことなど何とも思っていないことを直接本人に聞かされた後夕日に涙ぐむシーン(かわいそすぎ)などで使われました。”黒い瞳の女の子”と歌われているのは原作に従ったものでしょうか。

【しょうねんこう】 少年工  [英]worker boy [仏]garçon travailleur

(ア) マロクール工場の従業員。タルエルオーレリィ(ペリーヌ)を呼びつける時の伝令として何度か登場した、ペリーヌと同じぐらいの年格好の少年。ハンチング帽に前掛けという丁稚スタイル(笑)。その登場の仕方からして、たくさんいるタルエルの息のかかった従業員のひとりなのでしょう。
(2010.10.12)

【しょくがん】 食玩  [英]sweets with a toy [仏]bonbons avec un jouet

p1038(ア) 玩具付き菓子。食品売場に並べることが出来る画期的な玩具。その昔、おまけ目当てにこの種のお菓子を大量に買った子供が、お菓子を棄てるというバチアタリなことをしたためかどうか、お菓子はほんの申し訳程度のものです。
 『ペリーヌ物語』の放送当時、それにちなんだ食玩があったのかどうかは知りません。とにかく食玩と私の人生には何の接点もありませんでした、それまでは。2002年9月、カバヤ食品が発売したラムネ菓子「世界名作劇場」には、それまでの名作劇場系食玩にはない特徴がありました。これまでバロン以外は取り上げられることの無かった『ペリーヌ物語』からペリーヌマリパリカールバロンそして家馬車までもがラインナップされていたのです。これが買わずにいられるでしょうか?地味なこのサイトをペリーヌフィギュアの写真で飾ろうという野心に燃えた私は、こうして食玩無限地獄の入り口をほんの垣間見たのでした。南無阿弥陀仏。
(2002.9.23)

【じょせふ】 ジョセフ  [仏]Josephイタリア人なのにフランス風の名は何故?あ、スイス人?

(ア) イタリアとスイスの国境、アルプスの麓の村の宿屋で働く少年。奇妙な冒険はしません。青いマフラーがおしゃれ。マリに写真を撮ってもらいますが、宿のおかみに給料の前借りを断られてしまい、代金の当てが無くなってしまいました。事情を知ったペリーヌは貸しにするといって写真を渡しました。出発するペリーヌにジョセフは荷物を自分の故郷アルマノ村に届けてくれるように頼みます。険しいシンプロン峠を越えるというペリーヌたちに不安を感じたジョセフは、恩を受けたペリーヌたちを助けてくれと記した手紙を荷物に入れていたのでした。

【じょせふぃん】 ジョセフィン  [英]Josephine [仏]Josephine

(ア) 夜更けの下宿に誰か来たんじゃないのと訴えるミミーに”ごちゃごちゃ言ってないで早く寝ろ”的つっこみを入れる少女。

 幸か不幸か画面からは伝わらない女工下宿の悪臭については、主原因はおまるだと思われます。当時、寝室におまるを置くのは普通のことでした。夏、糞尿から発するアンモニア臭が狭い部屋に充満すれば、原作で”気の毒な人を殺す”とペリーヌが言うのももっともな状況になります。加えて”風呂にもろくに入れない疲れ切った女工たちですし詰め”となれば、ペリーヌが逃げ出したくなるのも当然です(まあ、所詮”現代人の感覚からすれば”ですが)。

【しるばーな】 シルバーナ  [伊]Silvana

(ア) マルセルの母。エトワールサーカスの花形軽業師で馬上で曲芸を披露しています。その馬を鞭音でコントロールするのが夫のジャンサンド。学校に通わせようとマルセルをトリエステのおばさんに預けました。ミラノでひょっこりマルセルが現れた時にはさぞかし驚いたことでしょう。マルセル曰く、サーカスのポスターの絵には全然似ていません。

【しんせき】 親戚  [英]kindred [仏]analogue?

(ア,原) 身内。普通3親等以上をさすような気がします。人から問われたとき、ペリーヌは”親戚を訪ねる(訪ねて来た)”と答えていました。当然その親戚とはビルフランのことです。ペリーヌの答えに対する反応は人それぞれでした。

ルクリおばさん(ア) 「いくら親戚といったって突然やって来た貧乏人に親切にしてくれるような人はそうはいないよ。」
ロザリー(原) 「(親戚と言っても)良い人もいれば悪い人もいるし。」
ファブリ(ア) 「いくら君のお父さんやお母さんを憎んでいたとしても、君を憎むひとなんていないよ。そんなこと考えられない。」
ビルフラン(原) 「お前が失った息子の代わりになることを、どうしてお祖父さんたちの喜ばないわけがあろう?」

【しんでれら】 シンデレラ  [英]Cinderella [仏]Cendrillon

(ア) オーレリィ(ペリーヌ)のこと。ビルフラン屋敷に住むことになり、荷物を積み込んで馬車で去っていくペリーヌを見送った下宿の主人がつぶやきます。「あれがカボチャの馬車なら...まるでシンデレラだ」

 シンデレラに類する昔話は世界中にあるそうです。カボチャの馬車とかガラスの靴とかいったおなじみの小道具が登場するのは、17世紀末にフランスのペローがそれらの昔話をもとに物語を再構成して以降のことだそうです。シンデレラは英語でフランス語ではサンドリヨン。とちらも「灰かぶり」という意味だとか。

【しんぷ】 神父  [英]Father [仏]Pere

(ア) クロアチアのとある村の神父。村の様子を不思議がるペリーヌたちに事情を話してくれました。半年ほど前から村には1週間ほど苦しんだ後顔が赤くなって死んでしまうという悪い病気が流行り、次々と村人が死んでいったのです。父の死も記憶に新しいペリーヌは、まるで疫病が追いかけて来るかのように家馬車を急いで走らせました。その結果、家馬車の水樽が壊れてしまい、母娘は途方に暮れてしまうのです。

 この病気とは何でしょう?村一つを滅ぼしかねない急性の重い病気なんてのがそんなにあるとも思えませんが、神父の話と症状がなかなか一致しません。場所的にクリミア・コンゴ出血熱の分布域ですが、ちょっと違うような気がしますし。1918年ごろ大流行し全世界で2000万人以上が死亡した”スペイン風邪”には50年ほど早いですが、秋から春先までの流行ということなので、悪性のインフルエンザということでしょうか。それともやはり同時期に東欧で何十万人もの死者を出した発疹チフスでしょうか。シラミによって媒介されるこの病気は貧困・不衛生・過密・戦争という言葉とともに古くからあるので、これですかねえ?

 このあたりでは神父様(職階名では司祭)つまりペリーヌと同じカトリックを信奉する人々や、たぶんセルビア正教の人々も多いことでしょうし、アイスクリームのカップのような帽子を被ったトルコ風な装束の人々はきっとムスりム人でしょう。さまざまな民族がパズルのように組み合わさって暮らしていたはずで、『ペリーヌ物語』の描写はそういう意味でもわりと正確だということがわかります。
(2003.1.3)

【しんぶん】 新聞  [英]newspaper [仏]journal

(ア) 臨時通訳としてサン・ピポワ工場で働くことになったオーレリィ(ペリーヌ)がビルフランの命で訳したロンドンの貿易新聞。商業紙なぞを読むのは初めてのペリーヌでしたが、ビルフランの指示した”新聞を読むコツ”と彼の忍耐によって、何とかそつなくこなすことが出来ました。

(原) ビルフランが(多分、ペリーヌの翻訳能力を試すために)訳させたダンディー新聞という商業新聞。翌日ビルフランがブノアに語ったことによれば”ベンディット君よりうまかった”ようです。25ヶ国語も解するベンディットさんも形無しです。

【すいかばたけのきょうだい】 すいか畑の兄弟  [英]The brothers who met in the watermelon field [仏]Les freres qui se sont reunis dans le domaine de pasteque

(ア) すいか泥棒の見張り番に来た兄弟。畑の小屋で眠っていたペリーヌを見つけ、食事を分け与えてくれました。ペリーヌの身の上話を聞くうち、パン屋のマルガレータにお金を巻き上げられた上に泥棒!となじられたことを聞いて憤慨、お金を取り戻すために一肌脱いでくれます。なかなか芝居が上手。

(原) 原作では彼らのような気のいい人物は登場しません。かわいそうにペリーヌは不安やら恐怖やらで混乱したまま眠り、(泥棒が仕事をしていったので、再び濡れ衣を着せられないように)明るくならないうちに逃げるように畑を出ます。当然5フラン銀貨も戻りません。ただし、ルクリおばさんに助けられた後に、パン屋から取り戻すから、と100スーつまり5フランもらいます。

【すう】 スウ  [仏]sou

(ア,原) 姉さん、ではなくて当時のフランスの貨幣単位。スーと表記されることもあります。1スウ=1/20フラン=5サンチーム。スウはもっと古い時代の貨幣単位のようですが、当時も十分通用していたようです。フランスって不思議な国ですね。

【すかんぽ】 スカンポ  [英]sorrel [仏]oseille

(ア,原) スイバのこと。オーレリィ(ペリーヌ)がスープを作った食べられる野草。日本でも普通に見られますし、人によっては食べたことのある人もいるでしょう。名前の通り、シュウ酸を含んで酸っぱく、主に若芽を食用とします。どうやらヨーロッパでは比較的ポヒュラーな食材のようです。のちにシャモニーのメニューに加えられたと想像してもたのしいですね。(『すかんぽのスープ オーレリィ風』とかいって)

 なんと花言葉もあって、意味するのは「親愛の情」。

 フランス語ではオゼイユ。フランス人好みの酸味が魚料理にぴったりのハーブ、だとか。ソースの材料によく使われるようです。卵黄と生クリーム入りのコンソメにオゼイユをたくさん入れた『ジェルミニー』というスープが有名なのだそうです。

 英語のsorrelには”赤毛”と言う意味があります。初夏ごろに茎の先端にもこもこっと房状につく赤褐色の実からきているのでしょうか(それとも逆かな?)。
(2003.8.30)

【すぐり】 スグリ  [英]gooseberry [仏]groseille a maquereau

(ア,原) スグリのジャムはペリーヌの好物です(ちなみにペリーヌの好物はもう一つあって、それはチーズ)。ボスニアでお産に立ち会ったお礼にもらったことがありますし、自分で作ったりもしました。ちなみにペリーヌお手製のスグリジャムは蜂蜜を使います(砂糖は高級品だから?)。原作では砂糖漬けなども作っていますね。
 調べてみると”ヨーロッパ北部に自生するとげのある落葉小低木で、甘い果実は7月ごろ淡い緑褐色に熟す。果実は生食のほかジャムやゼリーにされ、16世紀ころ英国で栽培され始めた。”グーズ”つまりガチョウ料理の付け合わせによい、ということからこの名がある。”とのこと。想像をたくましくすれば、インド時代にイギリスからの輸入品のスグリのジャムに親しんだのでペリーヌの好物となったのかもしれません。

 ”果実は7月ごろ淡い緑褐色に熟す”ということからすると、9月頃にスグリの実をつまんだポールが酸っぱい!と言っているのはちょっと謎。近縁種に酸味が強く生食することは少ないもののジャムなどに加工するカラント(ふさすぐり。真っ赤な液果です)があるので、スタッフがこれと混同したのかもしれません。

 しかし、このフランス名は?鯖スグリ?サバに合うのか??
(2003.2.16)

【すずき】 スズキ  [英]perch [仏]perche

(ア,原) オーレリィ(ペリーヌ)の狩猟小屋での重要な蛋白源のひとつ。鱸。”味は淡泊で、洋風料理に向く。旬は一般に夏とされるが、脂ののった晩秋から春にかけても格別”らしい。ペリーヌはもっぱら焼き魚で食していました。ものの本によると”沿岸魚で川にも上る”とあるので、元々は海の魚のようです。ということは、このの水はそれなりの大きな川に流れ込んでいることになります。

 成長につれて名前の変わるいわゆる出世魚で、まことにペリーヌにふさわしいめでたい魚といえるかもしれませんね。ちなみに世間を騒がすブラックバスは鱸の仲間だそうで、似たような味だとか。
(2003.8.29)

【すてーき(1)】 ステーキ(1)  [英]beefsteak [仏]bifteck

(ア) 招待への返礼と、ベンディットさんを運ぶ御者をかって出てくれたお礼に、ロザリーの父セザールが焼いてくれた特別なステーキ。肉料理などあまりにも久しぶりだったので、オーレリィ(ペリーヌ)はおいしすぎて泣きながら食べました(嘘)。このときのペリーヌのマナーを見て、二人は”どこかのお嬢様のようだ”と感心しています。さすがは食堂の父娘、見る目が違いますね。今昔物語の箸の話みたい。

【すてーき(2)】 ステーキ(2)  [英]very well! [仏]tres bien!>(笑)

(ア) ビルフラン屋敷に住むことになったオーレリィ(ペリーヌ)がはじめて食べたディナーのメインディシュ。こんな正式なディナーは何年ぶりかで、しかも召使いたち(特にルイ)の好奇な目に晒されているとあっては、さすがのペリーヌも緊張しました。しかしそつなくこなしたようです。

 付け合わせの赤紫っぽいつぶつぶをベリー類とすると、この肉は甘酸っぱいソースがあうというジビエ(野禽)、特に老人むけということでクセのない鹿肉かもしれません。フランスで晩秋から冬にかけてはジビエの季節だとか。日本で例えると、寒ブナはうまいといったところでしょうかね?
 調べてみましたところ、潮風の当たる牧草をはんで育った羊の肉がピカルディーのいわゆる”地方のウマイもの”らしいので、御前のディナーはそれかも知れませんね。

(原) 原作では”グリンピースを添えた羊のもも肉”とあります。文脈からするとフランスを代表するような企業家としては非常に質素な食事のようです。ビルフランの人柄でしょうか。
(2003.10.19)

【すぷーん】 スプーン  [英]spoon [仏]cuillere

(ア,原) オーレリィ(ペリーヌ)の自作生活でもっとも苦心した道具。ナイフで木を削って作ったのだから、さもありなん。3日もかかった、とペリーヌは言っています。原作では金属製でさらに難しそうです。石で指を叩いたときのことを考えて頂戴、とロザリーを夕食に招待したときに楽しそうにおしゃべりしています。

【すぺいんぐつ】 スペイン靴  [仏]espadrille

(ア) 長く苦しい旅の間、ペリーヌが履き続けてきた靴は相当に傷んでいましたが、トロッコ押しの仕事をするうちにとうとう靴がぱかっと口を開けてしまいました。足に力がかかるトロッコ押しの仕事を続けるにはしっかりした靴がどうしても必要。かといって余分なお金はありません。思案の末、ペリーヌは葦の繊維で靴底を綯い、甲を厚布で作って縫い合わせた靴、スペイン靴を作ろうと決心しました。試行錯誤を繰り返したものの、わずか2日で作り上げてしまいます。かかった費用は35サンチームで、市販品の1/10以下。しかもその出来映えは女工仲間も既製品だと思い込むほどのすばらしさ。青いリボンのスペイン靴を履いて踊るように歩くペリーヌはとても愛らしいですね。

 この成功に勇気を得た彼女はささやかな島の生活を自分の力で豊かにしていこうといろいろな道具を自作していくことになります。そしてその話を後にペリーヌから聞いたビルフランは大いに興味を引かれることになるのです。

 ペリーヌはスペイン靴を作った経験と技術を生かして床に敷くマットなどを作成したようです。

 このスペイン靴、情けないことに私は『ペリーヌ物語』以外で見たことがないので、本当の?スペイン靴が如何なるものなのかはわかりません。

(原) 原作には、口を開けた靴を縄で縛って働くといったヒロインにあるまじき行為はありません。賢明なペリーヌは、靴が御釈迦になる前に先手を打って靴を作り始めたのです。アニメとは違って立ち枯れして乾燥した葦を集めて作りました。しかし、作成には4日かかっています。ぼろぼろの乞食娘ファッションにまぶしいような青いリボンのスペイン靴はさぞ目立ったことでしょう。

 新訳ではエスパドリーユになってます。このエスパ(日本での通称らしい)は、南フランスからスペイン・バスクあたりにあったもので、縄底に布地の甲がついたわらじ風のサンダルのことだそうです。今ではもっぱら夏のリゾート・サンダルだとか。つまり、ペリーヌ物語ファンには有名な《スペイン靴》は津田さんの造語ということになるのでしょうか?
 その後調べましたところ、このエスパドリーユという名は、もともと原料であったらしいスペイン辺りで生えているイネ科の植物エスパルトespart grassから来ているそうです。この草の別名がspanish grass。直訳すれば”スペイン草”ですね。このあたりに由来するのかも>スペイン靴。
 ちなみにこの植物-エスパルトの繊維は固くて丈夫なので、最近では非木材紙の原料として利用されているようですよ。

 こないだ、このエスパドリーユを作る様子をTVでちらっとやってました。それによると、乾燥させた植物を叩いて繊維だけにし、縄を綯います(その番組では何の草かは言ってませんでしたが、ものの本ではジュートらしいです。昔は葦だったのでしょうか?)。その縄を板のような型にくるくると巻き付けて縫い合わせ、靴底としていました。わらじみたいに編むのとは違ってましたね。アニメのペリーヌは最初編んだのですが失敗、次の日完成した靴底は巻いたものでした。わらじと同じく足に優しいので、長距離を歩いたり、荒れた山道を行くのに重宝したのだとか。
(2004.4.18)

【せかいめいさくげきじょう】 世界名作劇場  [英]The world masterpiece theater [仏]Le theatre de chef d'oeuvre du monde (?)

(ア) かつてフジテレビ系列で日曜夜7:30から放送していた一連のアニメ番組で、日本アニメーションが制作したもの。フランダースの犬(1975)から家なき子レミ(1997)まで。もっとも、制作会社は異なりますがアルプスの少女ハイジ(1974)を含めるのが普通ですかね。名劇、名作アニメともいわれます。20年以上放送されたので好きな作品で年齢がわかるとか、何度も再放送されているのでファン層が広いともいわれます。海外にも広く輸出され、当地で作成されたとその国の視聴者に錯覚されるほど親しまれています。日本のアニメ界の著名人の多くが携わっていたことでも有名。復活を望む声も根強いです。『ペリーヌ物語』はアルプスの少女ハイジから数えて5番目の作品で、傑作揃いの初期名劇のなかでもピカイチの傑作(個人的には)。くわしくはこちらへGO!

以下、私のかなりあやしい記憶に基づいて各作品の感想を書くと.....

アルプスの少女ハイジ(1974)...波動砲も歯が立たなかったOPの超絶ブランコや「クララが立った!」でおなじみの日本アニメの金字塔。とろけるチーズののったパンがおいしそうです。ハイジがフランクフルトにつれて行かれた話で、普段なんとなくおんじを恐れていたペーターが「どうしてハイジを行かせた!」とおんじに詰め寄り、逆に普段近寄りがたく厳ついおんじが「ハイジが行ってしまった」とへなへなになっているところが印象的。ペーターのおばあさんの「いいことも、たのしいことも、みんな行ってしまったよ」というセリフもぐぅ。フランクフルト編はどれもすばらしい話が続きますが、山のことを考えることも禁じられてしまうハイジ(酷すぎる)、倉庫か何かで宗教画を見て泣き出すハイジ(ううう)。あとクララの車椅子と靴も好きです(変態?)

フランダースの犬(1975)...助命嘆願が殺到したという感動の名作で、アロア萌えらしいですが、なんと私は見たことがありません。ちなみに歴代名劇の主人公で死んでしまったのはネロだけらしいです。原作がイギリス人作家によるものだったせいか、舞台のベルギーではあまり有名ではなかったようで、急に日本人観光客が増えて”何それ?”ということになったそうです。

母をたずねて三千里(1976)...やはり誰もが知っている感動の名作。もういっしょに出発するしかない完璧なOP。毎週鬼のようにおかあさんに会えないマルコ。「オマエノ オカアサンハ シンデシマッタヨ」。アメデオ!しかし、普通何と言ってもフィオリーナでしょう(そうなのかぁ?)。しかし、何度も見ているはずなのに不思議と記憶にないのは何故?バルボーサ大牧場(?)で自作の「おかあさんに会えてよかったマルコ」人形劇が上演されたのは良いが、最後がおかあさんに会えないことに変えられてしまって泣いちゃうフィオリーナしか覚えがありません。その後、「クオレ」そのものもアニメ化されたようです。

あらいぐまラスカル(1977)...私は、動物が主人公かと思って見なかった憶えがあります(しかし山ねずみロッキーチャックは見ていたな)。ペットとしてのあらいぐま人気が急上昇。その後、野生化したアライグマが急増、食害が問題化しました。ラスカルは可愛いですが、海外の野生アライグマや輸入ペットの場合は、狂犬病ウイルスに感染していることがあるので要注意。また、ある年齢から気が非常に荒くなるそうで、鉢合わせした場合タヌキなんかは逃げ出してしまうとか。

ペリーヌ物語(1978)...名劇に輝く感動いちばん星!しかし知名度は意外と低いらしく、「アニメ感動シーンてんこ盛り」みたいなTV特番で取り上げられることはあまりないみたい。あっさりしたキャラデザインが敗因という意見が多数あり。なので名作系の掲示板でペリーヌ物語の話題が出たときにありがちな発言は「こんなにファンがいるとは知らなかった」。記憶では働いて給料を得て生活している主人公が新鮮で、島の生活ぐらいしか印象になかったのに、まさか、こんな”バケツ3杯泣ける”ペッピーノ(C)物語だったとは!!意外と原作に忠実。くわしくはこちらへGO! ちなみに本作品は鶴ひろみのデビュー作でもあります。

赤毛のアン(1979)...言わずと知れた名作を忠実にアニメ化。主人公アン・シャーリーのスタンド《コーデリア》の攻撃で見るものをいきなり異次元に吹き飛ばす(大嘘)!そうさのう、すばらしく丁寧に作られている感じで、趣のある音楽もよし、ナレーター氏がすばらしいし、なんといってもアンの山田栄子が最高です(デビュー作?)。つられてアン・ブックスも全部読みました。確かにおもしろいです。自分で再発見したモンゴメリーも確かにおもしろかったのでしょう。くわしくはこちらへGO!

トム・ソーヤーの冒険(1980)...文豪マーク・トゥエインの名作をアニメ化、らしいですが、見たのか見てないのかさえはっきりしません。原作も読んでいないし。

ふしぎな島のフローネ(1981)...なまず顔のヒロインが賛否両論話題沸騰。見てたような気がしますが、藩恵子の主題歌しか記憶にありません。あの高音は脳細胞に直接書き込まれますね。

南の虹のルーシー(1982)...ぞくぞくするほどうつくしいOP。しかし、このシーンに物語が到達しないのがうらめしいです。「私たちここで寝まーす!」「やめてよ、リトル。くすぐったいわ」名劇ダメダメおとうさんNo.1!

わたしのアンネット(1983)...般若顔のアンネットが素敵。でも、それ以上にルシエンの苦悩する魂の叫びが最高!山田栄子さん天才!しかし、ふたりが和解したのは知らなかった、全編見たはずなのに。ダニーが入院したのも初耳だし(おいおい)。くわしくはこちらへGO!

牧場の少女カトリ(1984)...カトリがこまねずみのように働くOPしか記憶にないです。しかし、世にはヘヴィなカトリファンがいるそうな。

小公女セーラ(1985)...ほらごらん。セーラがオルガンを弾いてるよ。島本須美ファンの影響で全編見たはずですが、例によって記憶にありません。ひょっとするとセーラがかわいそすぎて途中から見なくなったのかもしれません。くわしくはこちらへGO! ちなみに島本須美は赤毛のアンのオーディションで山田栄子と最後まで競ったことでも有名。もし逆になっていたらどうなっていたのでしょう?やたら感情表現の豊かなクラリス姫とかが誕生してたのでしょうか(笑)

愛少女ポリアンナ物語(1986)...堀江美都子のよかったが探せない絶望の叫びが最高(こんなんばっかり)。どうしてこの大御所に主題歌を歌わせなかったのか不思議。原作を2冊とも読みましたが、んー。

愛の若草物語(1987)...四姉妹の声優さんの歌うOP(ED?)がおもしろかったですが、物語は、はて...やっぱり記憶にないです。原作は第一章で挫折。よし、長生き出来たら読んでみましょう。

小公子セディ(1988)...見ていません。多分、毛唐の小僧が主人公だからでしょう(笑)でも、ペリーヌ、セーラと並ぶ「印度3部作」(←勝手な分類)だから見るべきなのかも。

ピーターパンの冒険(1989)...見ていません。なんとなく名作劇場にSFだのファンタジーだのはそぐわないような...(お前が決めるんかい!?)

私のあしながおじさん(1990)...喜んで見ていたはずですが、物語は全然記憶にないです。脳にぽっかり空洞が空いているのではないかと不安。タイトルが「わたしのあしながおじさん」だったら、あしながおじさんに理不尽な仕打ちをうけるジュディが苦悩する話のはずですが、そんなわけないですね。(最近見ましたが...苦悩してる、してる(笑))くわしくはこちらへGO!

トラップ一家物語(1991)...見ていません。ミュージカルと誤解したので。でも、なかなかよい評判です。長生き出来たら心を入れ替えて見てみましょう。ちなみに名劇でもっともふけたヒロインらしいです。じゃあ、見るのやめようかな〜(おいおい)。

ブッシュベイビー(1992)...見ていません。動物をダシにした話と毛嫌いしたから。

ナンとジョー先生(1993)...見ていましたが、記憶が(以下省略)。そもそも、主人公の姿が思い浮かべません。やれやれ。どんナンだったかなー、なんて言ってみたりして...(採石場で手足をバタバタしながら後方に吹っ飛んでいって、爆死)

七つの海のティコ(1994)...見ていません。理由はブッシュベイビーと同じ。聞くところによるとオリジナル作品らしいです。自作で名作を名乗るのは、ちょっとどうも日本人離れしている。

ロミオの青い空(1995)...もう興味がなかったので、見ていません。しかし、どうやらなかなかの傑作らしいです。機会があれば見てみます。でも主人公があんちゃんだからなあ(笑)

 『ペリーヌ物語』事典の関係で当時の生活を調べていたところ、煙突掃除人の話がありました。煙突掃除人は多くが子供で、ほとんど着物を着せられず、ろくに食事も睡眠も与えられず働かされていました。疲労困憊した子供たちは煙突の中で眠り込むことが多くあり、そんなときには親方は暖炉でガンガン火をたくのです。すると子供たちは命からがら落ちてくるといったありさま。そりゃ、ミラノから誰も戻ってこなかったはずです。例え生き延びても、全身に高濃度で浴びた煤のため癌(特に陰嚢の癌)発症率が異常に高かったとか。親方はもとでなしにひどく儲けられたので、子供を買ったり誘拐したりして事業を拡大したそうです。
 その後、晩御飯のメニューの関係でイタリア料理を調べていたところ(笑)、パスタのお品書きに「アルフレード」ってのを見つけました。茹でたパスタにチーズとバターと胡椒をからめた簡単なものです。解説によれば”アルフレードはイタリアではありふれた名前で、日本で言うなら太郎君ぐらいの意味。つまり誰でも出来るパスタということ”。なーるほど。

名犬ラッシー(1996)...見ていません。その昔、赤茶けた画像の実写を見ていたような気が>おっさん。

家なき子レミ(1996-1997)...あ、主人公レミが女の子になっていますね。見れば良かった(大馬鹿者)。その昔、立体アニメ?と銘打ってやってたような気がします(他局)。これでおしまい。どっとはれ。

 終了した主な原因は”視聴率が稼げないから”らしいですが、ちぃーと近視眼的な物の見方ですね。自分のことは棚に上げて”子供には良い(?)作品を見せたい”と思うアニメで育った親たちのニーズや、海外やグッズなどへの展開なんかを考えれば、手堅く稼げる分野だと思うのですが。正しい戦略に基づいて製作されれば、多チャンネル化の時代においては必ず復活し成功するでしょう(希望的観測)。たぶん日本アニメーション以外の会社で(笑)。
(2004.5.16)

【せざーる】 セザール  [仏]Cesar

(ア) ロザリーの父。フランソワーズの息子。シャモニーという食堂を経営しています。魂のこもった料理(ファブリさん曰く)を作るが、娘の駄々には弱い。お髭が素敵。仕事柄かなかなか顔が広く、ロザリーの求めに応じてオーレリィ(ペリーヌ)の収入と立場にふさわしい下宿を紹介してくれました。ペリーヌが晴れてビルフランの孫と認められた後、感謝をこめてペリーヌから贈られたクリスマスプレゼントは毛皮の帽子。えらく気に入ってました。

 1972年のフランス映画に「夕なぎ(セザールとロザリー)」監督/クロード・ソーテ 出演/イヴ・モンタン ロミー・シュナイダー という恋愛映画があるようです。ひょっとして、ここからの命名でしょうか?

 全然関係ないと思いますが、有名なノストラダムスの息子の名前もセザールです。

(原) すでに死亡。ピキニの出身。例によって名前がありません。

【ぜのび】 ゼノビ  [仏]Zenobie?

(原) フランソワーズの娘。ロザリーの叔母。フランソワーズの下宿と雑貨屋を手伝っています。ロザリーを邪険に扱っています。当然ロザリーの友達の何処の馬の骨ともしれない乞食娘オーレリィ(ペリーヌ)も気に入りません。ペリーヌの素性を探りに来たタルエルに下宿を出たのを根に持って(?)”身持ちの悪い娘”と吹き込んだりしました。もっともそれもペリーヌが秘書になるまでの話。秘書になった途端、手のひらを返したように...と、まあ、そういう人。

【せばすちゃん】 セバスチャン  [英]Sebastian

(ア,原) ビルフランの屋敷の召し使い頭。ビルフランに忠実で、常日頃から主人の心身の健康を気遣っています。オーレリィ(ペリーヌ)のビルフランに対する好ましい影響に早くから気付いたようです。ペリーヌの真心からの説得によってエドモン死亡の報によるショックから一時立ち直ったビルフランの”お前にも心配掛けたな”と言う言葉に目頭を熱くします。しかし、釘を打つのは下手。

 ちなみに原作では”バスチアン”。これは別の名前?それとも誤訳?しかし新訳でもバスチアンでした。んー?やはり名劇セバスチャンの法則でしょうか。

 どうやら”バスチアン”はドイツ人風、”セバスチャン”はイギリス人風らしいです。忠実で有能な執事(バトラー。「あ、それ、知ってる!♪俺は戦士〜」「...違うし」)としてはイギリスが有名ですから、大金持ちできっちりとした仕事を好むビルフラン氏なら、そういう人を呼び寄せたでしょうね。くわしくはこちらへGO!

【せんたく】 洗濯  [英]washing [仏]lavage

(ア,原) しかとは分かりませんが、名劇ヒロインの中で、最も洗濯した人はペリーヌではないかと。The Queen of Washing!...ま、どうでもいいんですがね。
 ペリーヌ嬢厳選のサバイバルグッズに石鹸が含まれているように、身体や衣類を清潔にする石鹸はなかなか貴重なものだったのでしょうか。原作のはじめの方には、洗濯について”肌着2枚、ハンカチ3枚、靴下2足を洗って濯いで干すのに2時間も掛からなかった”とあります。たったこれだけに2時間!これで石鹸がなかったら(石鹸がないときは叩き付け・足踏み式洗濯ね)どれほどの時間が掛かったことやら?!いや、洗濯機のある時代に生まれてよかった。

 石鹸そのものはオリエントの古代文明で発明されていたものの、人々が”清潔”にあまり価値を見いださなかったため(笑)あまり普及しませんでした。その後(12世紀頃)服装が発展するに従って洗濯の重要性も高まりましたが、まだまだ石鹸は高価なものでした(この頃の石鹸が、例のオリーブオイルと海草の灰から作るヤツね)。16世紀頃からの繊維産業の発達によって、ますます洗濯=石鹸は重要になったのですが、これが庶民に普及するようになるまでには18世紀末の工業的アルカリ製造技術の確立まで待たねばなりませんでした。
(2002.9.2)

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